京都堀川の京染屋丸由の娘・きわは、30歳前だが結婚もせずに家業に打ち込んできた。
ある時、染めの図案研究の為に訪れた奈良で、自分の染めたネクタイを締めている大阪大学教授の竹村と出会い、惹かれ、恋に落ちてしまう。
五山の送り火の夜、道ならぬ恋に落ちてしまう二人であったが、やがて病弱であった竹村の妻が亡くなり、きわは竹村に求婚される・・・。
戦後10年が経ち女性の自立が言われはじめた頃、古いモラルと新しい時代の奔放さを共存させた女性きわは戦後の自立した女性の先駆け的存在で、演じた山本富士子を一躍スターダムにのし上げた。
当時の広告の説明文より
「コーヒーを飲みながら近江屋(小沢栄)はきわのローケツ染めをほめるが、きわは近江屋の下心を見通 していた」
主人公のきわが近江屋と仕事の打ち合わせをする場所として当社が出てくる。店内には現在も各店舗の前を飾っているのと同じコーヒーミルも登場、ガラス戸にペイントされたコーヒーショップイノダの文字でこの喫茶店が当社と言うことが判明する。
ところがこのお店、実は映画のために撮影所に作られた本物(本店旧館部分)そっくりのセットなのである。尚、このセット、創業者の猪田七郎が「本物そっくりの出来映え」と称したというお墨付き。ちなみに吉村公三郎監督はこの当時、当社の常連客だった。
ところでこの場面、当店のウェイター役が先に入店してきた近江屋ときわに対してと、後から夫の浮気を阻止するため入店してきた近江屋の妻に対して、二度注文を取るシーンが出てくる。
「コーヒーは?ウィンナ、モカ、アラビカ・・・」(ウェイター)
「みんな適当に入れてきてえな。ミックスやミックス」(近江屋)
「ちょっとボーイさん、コーヒー」(近江屋の妻)
「コーヒーは、モカ、ブラジル、アラビカ・・・」(ウェイター)
しかしこの後、近江屋の妻にもうるさそうに邪険に扱われるウェイター。
現在はこの様にコーヒーの銘柄で注文を聞くことはない。2000年の本店リニューアルオープン以来、物販コーナーだけでなく店舗でも五種類のブレンドコーヒーをご提供するようになったが(一部店舗除く)、それまではコーヒーといえばアメリカンタイプのコロンビアのエメラルドを除いては、創業時から変わらない味のアラビアの真珠、一種類のみであった。また、以前は全ての方にお砂糖ミルク入りのコーヒーをお出ししていたが、現在は「お砂糖とミルクはあらかじめお入れしておいてもよろしいでしょうか」とお聞きしてからお出ししている。
それから、もうひとつ。映画の中ではバックグラウンドミュージックが・・・??当店は全店BGMは流さず、その代わり店内にあるのは自然の音。インコの鳴き声、食器の触れ合う音、接客の声、ガーデンにやってきた小鳥のさえずり、風の音・・・。そしてそれらの音の中を流れるのが当店自慢のコーヒーの、香りと湯気・・・。
(文責:森)